eSIM市場の成長要因を探る ~Fortune Business Insights市場動向レポートより
業界別トレンドレポートを発行するグローバルリサーチ企業であるFortune Business Insightsは、eSIM(及び組み込み型SIM)の業界分析と市場動向の洞察を取りまとめ、データの販売を行っているほか、そのサマリーが随時アップデートの上で公開されています。公開されている情報からその概要を整理してみました。
目次
eSIM市場の概要と予測
eSIM市場は、近年急速に拡大しています。この技術は、従来の物理的なSIMカードに代わる新しい形の通信技術で、特にIoT(モノのインターネット)や5Gなどの分野でその重要性が高まっています。
まず、eSIM市場の規模について確認してみましょう。2023年の時点で、世界のeSIM市場の規模は約12億2,000万ドル(約1,820億円)に達しており、2032年には62億9,000万ドル(約9,400億円)に成長する見込みです。この成長率は年平均20%を超えると予測されており、非常に高い成長が期待されています。この技術が急速に普及している主な要因には、IoTや5Gの普及、リモートワークやデジタル化の進展が挙げられます。
とくに北米市場が、2023年には約4億4,800万ドル(約660億円)を占めるなど、大きなシェアを持っていますが、今後はアジア太平洋地域が急速に成長する見込みです。日本や韓国、中国など、テクノロジーの先進国が多いこの地域では、eSIMを活用した新しいサービスが次々と展開されており、企業や個人の利用が広がっています。
eSIMの特徴と利点
eSIMの最大の特徴は、物理的なSIMカードが不要なことです。これにより、ユーザーはカードの交換や店舗での手続きを行わずに、スマートフォンやその他のデバイスから簡単に通信事業者を切り替えることが可能になります。例えば、旅行先で現地の通信事業者に乗り換える際も、物理的なSIMカードの入れ替えは不要です。スマートフォンなどの端末からオンラインで簡単に手続きが完了し、すぐに利用できます。
また、eSIMは環境にも配慮されています。従来のSIMカードはプラスチックで作られており、大量の廃棄物を生み出していました。しかし、eSIMはデジタルで管理されるため、物理的なカードの製造や廃棄が不要になり、環境負荷を大幅に減らすことができます。さらに、デバイス内部のスペースを有効活用できる点も重要です。SIMスロットが不要になることで、そのスペースを他の機能に活用することができ、特に小型のウェアラブルデバイスやIoT機器での採用が進んでいます。
eSIMの技術進化と5Gとの連携
eSIM市場の成長を後押ししている大きな要因の一つが、5Gとの連携です。5Gは、従来の4Gと比較して、はるかに高速で低遅延な通信が可能で、これによりより多くのデバイスが同時に接続できるようになります。eSIMは5Gとの相性が非常に良く、多くの企業がこの技術を活用した新製品やサービスを提供しています。
例えば、2022年にはSTMicroelectronicsが5Gネットワークに対応した「ST4SIM-201」というM2M(マシンツーマシン)通信用のeSIMを発表しました。これは、IoTデバイスが5Gの高速通信を利用して、さまざまなデバイスと接続できることを目的としています。また、2021年にはSamsungやAppleが5G対応のeSIM搭載スマートフォンを多数発売し、消費者向け市場でもeSIMの普及が加速しています。
さらに、2021年6月には中国のスマートフォンメーカーOPPOが、Thales Groupと協力して、世界初の5G SA(スタンドアロン)対応eSIMスマートフォン「Find X3 Pro」を発表しました。このスマートフォンは、完全に5Gネットワークに対応しており、通信事業者と直接接続することで、よりシームレスな通信体験を提供します。
eSIMの応用分野
eSIMはスマートフォンやタブレットだけでなく、さまざまな分野での応用が進んでいます。特に注目されているのが、コネクテッドカーやウェアラブルデバイス、そしてヘルスケア分野です。
○コネクテッドカー
コネクテッドカーとは、インターネットに接続された車両のことを指します。これにより、車内でのナビゲーションシステムのアップデートや、遠隔での車両診断、さらには自動運転技術の導入などが可能になります。eSIMは、こうしたコネクテッドカーの普及を支える重要な技術の一つです。
例えば、BMWはドイツテレコムと提携して、5G対応のプレミアム車両「BMW iX」を開発しました。この車両にはeSIMが搭載されており、5Gネットワークを介して常にインターネットに接続された状態を保つことができます。また、将来的には、複数の国をまたぐ長距離移動でも、地域ごとの通信事業者にシームレスに切り替えることができるようになる見込みです。
○ウェアラブルデバイスとヘルスケア
ウェアラブルデバイスの分野でも、eSIMの需要は高まっています。特にスマートウォッチやフィットネストラッカーなどのデバイスは、小型であるため、物理的なSIMカードのスロットを省略できるeSIMが理想的です。これにより、これまで以上にコンパクトで高性能なデバイスが開発されています。
また、ヘルスケア分野でもeSIMは注目されています。例えば、遠隔医療が普及する中で、患者の状態をモニタリングするデバイスにeSIMが組み込まれています。これにより、デバイスが常にネットワークに接続され、リアルタイムでのデータ送信が可能になります。血糖値モニターや心電図モニター、さらには転倒検知器などがその代表例です。
eSIM市場における課題
eSIMは多くの利点を持つ技術ですが、その普及にはまだいくつかの課題が残っています。特に発展途上国や一部の地域では、eSIMに対する認知度が低く、技術的な知識も十分に広まっていません。
例えば、ある調査によれば、主要市場でeSIMの存在を知っている消費者は、全体のわずか20%に過ぎないという結果が出ています。とくにカナダでは、消費者の認知度が12%と非常に低く、早期導入が進んでいる国であっても、普及にはまだ時間がかかることがわかります。また、技術的な導入が遅れている地域では、消費者が新しいデバイスに対して抵抗感を持つことも課題となっています。
さらに、通信事業者の対応もeSIMの普及に影響を与えています。一部の事業者は、まだeSIM対応デバイスの販売やサービス提供に積極的でないため、消費者が自由にeSIMを利用できる環境が整っていない場合もあります。このような状況が、eSIMの普及を遅らせる要因となっています。
今後の展望
eSIM市場は、今後さらに成長すると予測されています。とくにアジア太平洋地域では、急速なデジタル化とともにeSIMの需要が拡大しており、多くの新しいビジネスチャンスが生まれると考えられています。スマートフォンやウェアラブルデバイスだけでなく、コネクテッドカーやスマート家電、さらには産業機器にもeSIMが組み込まれ、さまざまな場面での利用が進むでしょう。
また、5Gの普及により、eSIMを活用した新しいサービスが次々と登場することが期待されています。データ通信の高速化や低遅延化により、リアルタイムでの情報交換が可能になり、これまで以上に便利で効率的なデジタル体験が提供されるようになります。
eSIMは、デジタル時代において欠かせない技術として、その地位を確立しつつあります。今後も技術の進化とともに、私たちの生活やビジネスに大きな影響を与えることは間違いありません。
このように、eSIMは現代のデジタル社会において非常に重要な役割を果たしつつあります。その利便性や環境への配慮、さらには5Gとの連携による新しい可能性が広がっており、今後の成長が期待されます。市場にはまだいくつかの課題が残っていますが、これらを乗り越えれば、eSIMは私たちの生活に欠かせない存在になるでしょう。
Fortune Business Insights:eSIM市場規模、シェアおよび業界分析、アプリケーション別
名桜大学人間健康学部健康情報学科教授。’90年代から携帯電話端末のレビューやサービスの解説を行ってきた。携帯電話情報サイトの編集長などを務めた後、2009年に大学教員に転身。以後スマートフォンの社会での活用などを研究テーマとして活躍。現在は医療・ヘルスケア分野へのデジタルデバイスの応用を中心に研究に従事。携帯電話コレクターとしても知られる。